3月11日土曜日、友人の鉄川君と神田の交通博物館に行ってきた。交通博物館は今年6月で閉館し場所を大宮に移すのだそうである。閉館前に、おさらい、で行ってきたのである。
交通博物館は、幼少の頃に2~3回連れて行ってもらった。そのときの記憶が、あまりにもステキで、大人になってからも、そのステキな記憶を追体験すべく、ここへは数回足を運んだのである。
友人の鉄川君というのはもちろん仮名なのであるが、ワタクシは彼は真性の鉄オタであろうと睨んでいるのである。己のことを「段取り王」と称し、日本全国、 様々な場所で失われ行く鉄な場面やモノやコトを追いかけているという、たぐい稀な資質を有する御仁である。こないだは失われる(た)寝台特急「出雲」を追いか け、出雲国まで行ってきた。また彼は失われつつある国産旅客機YS-11オタでもある。ワタクシは密かにプロペラ王と揶揄するのである。
で、今回は、その鉄川君からのお誘いに乗った、というところなのであるが、その眼目は、失われてもはやずーっとしばらく経ってしまった旧万世橋駅の遺構を見学する企画があって、それを見に行く、ということなのであった。写真は鉄川君が是非にもコレを写せというので撮ったものである。
皆様すでにご案内のとおり(国会用語か?)現在、交通博物館の建物がたっているところは、そのむかしの万世橋という駅の跡である。最初、東京駅的なターミナル駅として計画、設計された。だから、建築家は東京駅と同じ人で、同じようなデザインでやたらに豪華な駅だったそうである。関東大震災で大部分が破壊され、残った建物を元に随分のっぺらとした駅舎を再建したのだが、駅としての存在の有用性がどんどんどんどん減ってしまったので、廃止という憂き目にあった。写真はそのゴージャスな頃の一部が現存しているというところか。
今回、交通博物館がおしまいになるということで、遺構見学を企画にして一般に公開している、というのが現在のところである。
で、遺構見学のはじまりである。皆一様に押し黙って、案内のバイトのおねいさんの後に付いていくのである。おねいさんは、交通博物館の内部をどんどん進んでいく。そしてついに普段は開かずのトビラが開いたのである。すでに皆様ご案内のとおり、あまり良い写真ではないが、写真をクリックするとイカイのが観られるのである。念のため。
なるべく私はストロボを焚きたくない。なぜなら、ストロボで明るくした写真は何かとても平面的にみえるからである。といっても、このような写真は何が何だかわからないのである。で、説明すると、見学の現場に向けて、狭いトンネル様のところを進んでいるところである。
明治45年からのレンガ組みである。じつは見学コースとして、ここで映画を見させていただけるのであった。「ありがとう、交通博物館」ってなタイトルだった。しかし、案内役のバイトのおねいさんたちは皆とてもステキであった。この件について、鉄川君は大変興味深い意見を披露してくれたのであるが、曰く、その元締めが、巷間で話題の、アキバといえば話題の、例のナントカ喫茶へ派遣すべきところを間違えて交通博物館に派遣してしまったのだ、きっとそうに違いない、という話であった。ワタクシは「ふむふむ左様なこともありえぬことではあるまい」と感心したものである。(笑)と、まあ、すっかりオヤジなのではあるが…。
と、映画を観ながら、ワタクシは鞄からひとつあるものを取り出したのである。そう、スリック社のミニ三脚である。ミニ三脚といってもなよなよとした100円ショップものとは出来が違うのである。ストロボを焚かないので手ぶれ防止に大変役に立つのである。ミニ三脚の脚を胸にあて、カメラを顔にぎゅうぎゅうと押し当てて、そっとシャッターボタンを押すと、結構スローなシャッター速度でもぶれずに済むのである。
周りのストロボ野郎どもをすこし憐れみの眼差しで一瞥したところ、鉄川君が「三脚厨め」と低くつぶやくのをワタクシは聞き逃さないのであった。
でも三脚厨と揶揄されようが、ミニ三脚を使うとこんな具合の写真が撮れるのである。皆様も是非お使いになるのをオススメするのである。
ね。ストロボを焚くと、こんなふう。きったねえな。
映画がおわって、撮影タイムというのが設けられた。
皆さん一様にバシバシストロボを焚いていたのだけれど、こんな写真取りまくっていたのだ。
それで、これが今回のエントリのタイトル「しばいせんま」なのであった。明治時代は反対から読むのである。
ホームの遺構の直近のところまで上がれるのである。ホームに足を踏み出すことはかなわない。塩ビの囲いで覆われているのである。そして、ここではストロボは厳禁である、といいわたされた。電車の運転手に目くらましをかけるのは本当に危険だから皆様おやめくだされ。
ホームへと上がる階段の、金属製の滑り止めの部分は、太平洋戦争当時に金属供出の為に剥がされたままというのが重苦しい感がある。写真は没にしたけれど、階段の両脇のタイルも少なくとも戦前からの時代もんであって、なにかドキドキするのであった。
最後におまけである。皆の衆よ。用語の使い方である。おじさんたちは嘆いておるのである。屹度、お間違えの無き様。
夜になると、ライトアップされて、大変キレイである。
あ、それから、これでもワタクシは鉄では無いから念のため。鉄は鉄川君。--kata
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